スタンダード・犬種標準

2008年9月23日 (火)

日本犬標準 二.一般外貌

二 一般外貌
雌雄の表示判然として体躯均斉を得、骨格緊密にして筋腱発達し、雄は体高体長の比100対110にして、雌は体高に比し体調やや長し。
体高雄39.5センチ、雌36.5センチとし、上下各1.5センチの差は許される。
二 体色に副わざる鼻色。
三 毛色斑。

「色男。金と力はなかりけり。」
「美人は三日で飽きる。そうでないのは3日で慣れる。」
とまぁ、古今東西、人間社会では物事を見かけで判断するのはよくないとされている。
そういう考え方は軽薄だと思われている。
人間は中身が問われる動物なのである(はずだ)。
全然関係ない話ですけど、火野正平さんという俳優さんを知っていますか。
私は小学生の頃、この火野正平という人が綺麗な女優さんたちにすごくモテモテであるという話を聞いて、「男の美醜とはなにか」と真剣に悩んだことがある。

「日本犬標準」は日本犬の美醜を決める基準といっても過言ではない。
第一項では「本質とのその表現」として日本犬としての精神的素養を強要していたが、それ以外の条項は外見について文句をつけている。それも厳格である。有無を言わせない感じ、文語調表現を使ってつけいる隙を与えない。
この第二項「一般外貌」に始まって十二項「被毛」まで、田舎から来た姑のように執拗に細部にわたって「こうでなくてはいけんよ」とうるさい。
相手が犬だと思って言いたいこと言っている。文句を言わないと思って好き勝手決めちゃってる。もし私が柴犬だったら「うるせえよ、早くチーズ持って来い」といって尻に噛み付いているところだ。
日本犬における理想的な全体的外観を表したのがこの第二項である。
ここに記載したのは日本犬の「小型」のもので、大型犬・中型犬の場合にはここに記載の体高の数字が変わってくる。
ちなみに大型は雄67センチ、雌61センチ、上下各3センチの差が許容範囲。
中型腱は雄52センチ、雌49センチ、それより大きい分には許容される。
また、各セクターで尻尾についての取り扱いが異なっている。これは第十一項「尾」で触れます。

こうなるといわゆる「豆柴」がプロの世界で肩身の狭い思いをしている理由がわかる。
まぁ、これは事の善悪とは関係ないし、私自身にも何のこだわりもないので、豆柴という存在はあってもいいように思う。かわいいもんね。
でもプロの繁殖家からするとルール違反てことなんだろうし、血族的に同じでしかないものを一つの「犬種」として認めろってのも無理があるというのはよくわかる。
あとは・・・金儲けの匂いがするんでしょうね。
私は犬を探しているときに某犬舎に電話して「ウチは豆だから赤だと28万円から、黒の場合は値段わからない」と言われました。やぁねぇ、ガツガツしちゃって。生活厳しいのね。一生懸命生きてんのね、お疲れさまぁ、ウフフ。

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閑話休題

「雌雄の表示判然として体躯均斉・・・」というように、オスらしさ、メスらしさがきちんと現れていなければいけないという。
なんか、この辺が日本らしいというか、昭和らしいですなぁ。「男のくせに」「ちゃんと女の子らしくなさい。」的なことよく言われたでしょ。
日本人は性別によって、性格・思考・行動及び言動さらにはその職業にまで区別をしなければ気が済まない。その辺が曖昧になると「女の腐ったの」になったり「女だてら」な行動をとっていることになってしまう。どうやら犬の場合もそうらしい。
日本犬における男らしさ、女らしさという判断はいろいろあるようだ。例えば頬の張り具合とか。ちょっと多いのでそれは別の機会にするとして、この二「一般外貌」で触れられている唯一の男女比は体長、つまり胴体の長さである。女の子の方が胴が長いんだよとここでは言っている。やっぱり子供を産むからそういう性差があるんですねぇ。

でも、去勢とか避妊手術なんかしたら、そのあたりはもうぐだぐだになるわけで。
やはり「日本犬標準」は求道者のもの。
ペットとして犬を飼っている我々素人はそうやって置いてきぼりを食うわけなのだ。

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2008年9月18日 (木)

日本犬標準 一.本質と其の表現

日本犬標準
一 本質と其の表現
 「悍威に富み良性にして素朴の感あり、感覚鋭敏、動作敏捷にして歩様軽快弾力あり」

Img_0559

スタンダードのしょっぱながこれである。
ここで、平成のボンクラ社会で鼻クソほじりながらリーマンも大変だよねぇなどと暢気にほざいている中年サラリーマンはちょっと引く。
こんなことを言われても困るのだ。
あんま漢字使うなよとも思う。

まず「悍威」の意味が分からない。
さぁ、抜粋だ抜粋だ。(「日本犬百科」より)
悍威には勇敢で沈着、大胆のなかにも鋭い感覚があり、しかも忠実従順である。そのなかにも品位と威光が、おのずからともなっているものである。これらが一体となって、かもしだしているところに日本犬の精神美がある。」
なんかすごいことになっている。
あまつさえ、日常でも使われる「素朴」についても
素朴とは、かざりけがなく素直で、気品と風格を備えており、おのずからこれを看取させるものでなければならない。」
あなたね。そこのあなた。
あなたは悍威に富んでいますか?くわしく言うと勇敢で沈着ですか?大胆な中にも鋭く、そのなかにも品位と威光がおのずからともなっていますか?
あなた気品ありますか?風格備わってますか?

あなた「感覚鋭敏」ですか?ちょっと鈍いなって思うことない?会社で一人だけ衣替え始めちゃったってことない?
動作敏捷ですか?ほら、インターホン鳴ってるの。サッと動くの、そういうときは。そうやってドタドタ歩かないの、歩様軽快にね、弾むようにね。

さぁ、あなたの隣の愛犬を見てましょう。
悍威に富み良性にして素朴の感あり、感覚鋭敏、動作敏捷にして歩様軽快弾力あり」これがその愛犬の本質であります。
恥ずかしくありませんか、わが身を振り返って。
犬でさえですよ。そうでなきゃいかんと言われておるわけですよ。

さらにですね。これが大型犬となるとちょっと手が加えられるわけですよ。
つまり「悍威に富み良性にして素朴の感あり、挙惜重厚なる可し。」となるわけですよ。
ほら、読めないでしょ。「きょそじゅうこうなるべし。」
挙惜とはその立ち振る舞いのことをいうのです。ほら、あなたみたいにきょろきょろしないの、どっしり重厚なのね。
もうこうなると、私なんか思ってしまう。

今、わが国は迷走している。
元首が二人続けて日本の政権を放り投げた。
「亡国」。いまや国民は一億総「憂国」の徒である。
こういう人に日本をまかせたい。
「悍威に富み良性にして素朴の感あり、挙惜重厚なる」方に、この国をおまかせするべきではないだろうか。
どうだろう、あなたのとこの秋田犬の太郎君。

この際、この選挙、討ってでないか?太郎だし。

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2008年9月15日 (月)

「柴犬の犬種標準」ってのは存在しない

柴犬は素晴らしい。
彼らは家族を大切にし、他人にはそうたやすく気を許さない。
番犬であり友達であり、家族としてこれ以上心強い存在はない。
主人に対する忠誠心、凛とした風貌、その気質と容姿はまさに侍と呼ばれるに相応しい。
犬の中では柴犬が一番だ。

Nihon

柴犬、日本犬を褒め称える言葉は多い。
しかし、平成のこの浮ついた世の中で交わされるこれらの賞賛はあまりにも軽薄である。
以下のコメントを見てみましょう。
純粋犬の美は芸術品の美と相通ずる点が多い。すぐれた芸術品が生命のある感動を人々に与えるのと同様にすばらしい犬もまた、同じ感興を植え付けずにはおかない。ここに共通した、何か電光的な感興を起こさずにはいられないのである。」
日本犬の味わいといえば、さしあたり日本犬をとおしての感じ、趣き、気持ち、旨味、妙味といったものであることは事実である。」
素朴は日本犬の本質とされている。素朴にあるものは単純で、簡素でしかも健康である。単純こそ、健康の美をともなうのである。単純は、単調の意ではない。すべての無駄を省いたなくてはならないものの結晶である。」
日本犬の素朴さには、多くの言葉はいらない。日本犬には沈潜した静けさ、控えめな渋さ、そのなかに汲んでもつきない味わいと品位は素朴さのゆえにある。」
いずれも「日本犬百科(渡辺肇著)」からの抜粋である(この記事参照)。
見よ。この昭和の先人達の、含蓄に含み威厳に満ちた日本犬への賛辞を。

ショッピングセンターの中にある店名ローマ字書きのペットショップで「わー、かわいいheart01」などとキャーキャー騒ぎながら仔犬を買った自分が恥ずかしい。
ヒルズ・サイエンス・プロなどに頼っていた自分が情けない。
「はなちゃん」などと甘く名前を呼んでいた自分が許せない。
「はな」。なんですか。チャラチャラしたその赤いリードは。やめなさいやめなさい。これからはこの茶色い引き紐、引き紐にしなさい。

さて、犬種標準についてだけれども。
ちょっと脱線して、柴犬を始めとする日本犬が天然記念物に指定されているのは有名な話である。
昭和6年に秋田犬が天然記念物指定されたのを皮切りに、甲斐犬、紀州犬、越の犬が昭和9年に指定。
その後土佐犬(いわゆる土佐犬ではなく、四国犬)と北海道犬、最後に我ら柴犬が昭和12年に指定されている。
計7種類もの日本犬が天然記念物として御国に認められているわけだ。
しかし、一方で犬種標準(スタンダード)は日本犬の基準が一つあって、それに大型・中型・小型の注釈が付いているのみである。犬種ごとの記載はない。
だから柴犬の犬種標準というのは存在しないし、甲斐犬の犬種標準もない。「日本犬」標準の一本のみ。だから甲斐犬の色って黒っぽくってね、とかはどこにも書いていない。
へーんなの。
このあたりを「日本犬百科」では、秋田とか紀州とかの地方名にこだわることが地方的特色の保存には役立つものの、良い種犬を求めて全国横断的に交配がなされている事実からすると曖昧な意味しかないと言い切っている。
つまり今も昔も全国的に血が混ざっているわけで、それぞれの地域のオリジナル犬の再現なんて無理なことだし、血族的にはみんな同じなんだからあんまり○○犬とかに分けるのには意味がないよ、ということのようだ。
それらの地方系統のよさは尊重する位にとどめて、大型・中型・小型という型で分類をして「日本犬」の固定化を図るのが目的としている。

多分そうは言いながら、もう少し違う規定があるのでしょうね。
だって、血統書には「柴」って書いてるんだし。
秋田犬保存会とか、とういう団体もあるわけだから、不文律かもしれないけれど犬種ごとの決まりというのはどこかにあるような気がする。
この辺のあたり、何か情報あったら教えてください。

しかし、この厳格さには改めて頭が下がる思いである。
考えてみると犬ってのは本当に多様ですよね。
人間なんてちょっと語弊があるかもしれないけど、白と黒と黄色位のもんでしょ。それにしたって手の長さが倍以上違うわけでもなく、耳の方向が極端に違うわけでもない。
そうすると戦争が終わって70年以上、こうした厳格な取り組みがなければ、柴犬がこうしてその特徴を持ったまま残るというのは難しかったかもしれませんね。

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2008年9月14日 (日)

なんでも決め付けはよくない(のか?犬種標準)

人間は(_________)でなければいけない。
男は(________)でないといけない。
(_____)のは美人とは言えない。
学生なんだから(__________)であるべきだ。

さて、こんな穴埋め問題があったとしたら、カッコの中に何を入れますか。
この手の問題には正解がない。
正解があると言い張っても、その答えはただの決め付けである。決め付けは自分だけのものである。
それを他人の前で口に出したり、強要してはいけない。この手の話は予想以上の反発を食らう。

「女なんだから、もう少しおしゃれしたら」と言われたらどうする。いやーなき持ちになるでしょう。。
「へー、世田谷に住んでんだぁ。お嬢様なんだぁ。」って言われたら、んー、もうっ。お嬢様じゃないの。かぁちゃん、サミットでパートやってんの。今月牛肉くってないの!って心の中で地団駄踏むでしょ。
「お酒はぬるめの燗がいい」だの「肴はあぶったイカでいい」だの、「女は無口なひとがいい」とかほざいている彼には勝手にしろと言いたくなる。俺ぁキュッと冷たい韓国焼酎で焼肉かまして下ネタ好きの姉ちゃんとワイワイやりたいの、お盛んなの。と言い返したい。
神様に近い人か、よっぽど相手が逆らえないような権力を持っている場合じゃないと「Aはこうでなきゃいかん」などと決め付けてはいけない。阿久悠くらい偉くないと言っちゃいけない。
ナベツネだって「星野しか」とか「王ちゃんしか」とか決めつけて煙たがられている。
もちろん、これは主観的に物を決め付けんなよという話であって、誰が見たってそーだろと思うことはある。
「アルコールの入っている飲み物がお酒である」のは確かだし、「会社員だから会社に勤めている」のは当たり前である。
でも「アルコールが5%なくちゃお酒とはいえない」のはおかしいし、「仕事が下手くそだから会社員ではない」という決め付けはおかしいのだ。

さて、ドッグランに行こう。そして柴犬らしき犬を連れた人を見つける。
「まぁ、かわいいですねぇ。何ヶ月ですか?」などと親しげに声をかけながら近づく。
柴犬は興奮してあなたの手に飛びついてくる。後ろ足で立ち上がって、キャンキャン吼える。愛玩犬としてはこれ以上ないほどにかわいらしい丸目が爛々と輝いている。
おだやかな休日の午後、みどりの多い爽やかなドッグラン。飼い主の女性は、やさしく犬に語りかけるあなたと愛犬の姿を見て目尻が下がりっぱなしである。よかった。嫌がる旦那を宥め、脅し、すかしてようやく手に入れた愛犬である。血統書付きである。20万円である。ざまあみろ、旦那。だいたいあんたはそもそも・・・。
そんな彼女をよそにあなたは尋ねる。
「柴犬ですか?」
「ええ。」
しかし、あなたは怪訝そうにこう応える。
「いや、ちょっと違うでしょう。」
とたんに沈黙が走る。
飼い主は自分が一体何を言われたのかが理解できない。
「失格ですね。柴犬とは認めたくないですね。」
「はぁ?何言ってんですか。」
狼狽する女性をフォローすることなく、あなたは畳み込まなければいけない。
「まずですね。なんですか、この落ち着きのなさは。柴犬の本質たる『悍威に富み良性にして素朴の感あり、感覚鋭敏、動作敏捷にして歩様軽快弾力あり』をどう考えておるんですか。チャカチャカと落ち着きがないし、平気で人におもねる。柴犬の本質たる威厳も素朴さも全くない。」
「な、なんですか、いきなり。」
「それにこの目。この丸目。『稍三角形にして外皆上がり』というのが日本犬の目です。この軽薄なビー玉みたいな目はひどい。人に媚びる洋犬の目だ。あーやだやだ。どっかでチワワかなんかの血が入ってんじゃないの?」
「・・・け、血統書だってあ、あんだから。」
「あのね。血統書なんかね。血統を確認するだけのものなの。これオス?メス?あのね、だいたいパッと見て性別がわからんってところに軽薄さが出ている。何、オスなの?その割には頬の発達が足りないねぇ。顔も長くて、なんかあれじゃない。六代くらい前にキツネの血でも入ってんじゃない?」
唖然とする飼い主。
「日本の心と矜持を失った犬には興味はありません。では。」
季節は初秋。夕暮れのドッグランに静かに吹きはじめた少し早めの冷たい秋風を背にしてあなたは去っていく。
これ以上の飼い主に対する侮辱はない。
柴犬の性格はこうじゃなきゃいかんとか、目はこんな形じゃなきゃいかんとか、そんなことは飼い主にしてみれば、勝手に何言ってんのよという話である。
しかし、柴犬の世界にはこういう明確な決め付けがある。それをふりかざす権威がある。
犬種標準(スタンダード)だ。
スタンダードは日本犬保存会とJKCとで定められたものがあるが、日本犬保存会のスタンダードは昭和9年に制定されている。思い歴史があるのだ。
改訂はされているけど70数年も基本的思想を変えずにこの標準は生きている。しかし戦後まもないこの時期にたかが犬(あえて失礼な表現)にこれほどまでの情熱を注いだ人たちがいるというのは感動だ。

Omoitsuki

今、手元に一冊の本がある。
「日本犬百科」
昭和49年発行だから、34年前。日本犬保存会の創立に参加したという渡辺肇氏という人の本です。図書館で借りた。
(絶版にはなっていないようなのでサイドバーにリンク貼っておきました。でも、高いね。)
これが面白い。まだ読んでいる途中なのだけれど、これを読むともっとしっかり飼育せんといかんなという気持ちになる。先輩ありがとうと言いたくなる。これからの日本は私達にまかせてくださいと約束したくなる。
ということで、そろそろ柴犬の「犬種標準」について勉強をしようと思うのだ。

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