« 「カイくん日和」DVD | トップページ | 風邪と散歩(復活ですぅ) »

2008年9月26日 (金)

犬の神様

人間は理想的にも現実的にも犬の上に立つ。
当たり前である。
飼い主たる人間はその犬にとっての保護者である。その犬の生命、一生の全てを握っているのだ。人間は犬の自由を拘束し、飲食を支配する。罰を与えることもできるし、逆に幸運を授けることもできる。その全てを自分でコントロールでき、一方の犬はそれに逆らうことはできない。その全てを運命と思うしかないのである。
やはり飼い主は犬にとって神様みたいなもんである。

しかし。

犬の神様はウ○コは拾わなければならない。
この辺が人間の神様とはちょっと違う。

人間の神様は意外と無責任でいいようだ。
基本的にこの世界を作ってしまった後にはたいしたことをやっていない。それでも作った当初はちょくちょく顔を出して「リンゴ食っちゃダメ」だの「高い塔建てるんじゃねー」だの「この10個のお約束は守らないけんよ」と細かいことにいろいろ口を出してたらしいが、そのうち飽きてきちゃったのか、二千年くらい前にイエスさんとかいう代理の人をよこした後はほとんど何もやらなくなった。

その代理のイエスさんが人間にやられちゃた後は本格的に嫌になったのか、もう完全に何もしなくなった。「おまーら、勝手にせえよ」と鼻の穴に指突っ込んで焼酎飲みながら眺めているだけで、たまに機嫌が悪いと、ハリケーンとか地震とか、サブプライム問題とか起こして憂さ晴らしをしている。まぁ、一種の「ネグレクト」ですね。

一方、犬の神様はこういうわけにいかない。
ペットショップから犬を買ってきて、ゲージつくって、ベッドこしらえて「さぁ後はまかせた。勝手に生きろ」と突き放すことはできない。
そんなことしたら死んじゃうのである、ワンちゃんが。
人間の神様は犬コロや人が死んだってなーんとも思わんかもしらんが、犬の神様はそうはいかんのである。
ということで、犬の神様には責任というか、日常的にやらなければいけない「仕事」がある。
エサをあげたり、散歩させたり、掃除であったり、たまに犬と遊んでやることが「仕事」で「義務」だ。
この「仕事」をきちんとやっていないと、犬がなぜか神様に向かってバカヤローと叫ぶ。
人間の場合は神様に文句をいっても相手にされない。
神社や教会でバカヤローと思い切り叫んでみても、肝心の神様に聞こえてんのかどうかもわからず、しばらくしておまわりさんがやってきて「仕事なにやってんの?」と尋ねられるのが関の山だ。
しかし犬の神様は違う。
犬が玄関先でバカヤローと叫ぼうものなら、神様はご近所に気遣って、慌ててサンダルつっかけて対応しなければならない。神様なのにサンダルにつんのめって玄関のドアに額をうちつけて血を流したりしなければならない。

どうも犬の神様は分が悪い。
そう考えてちょっと機嫌が悪くなったので、神の威厳を見せつけてやろうと、両腕を組んで仁王立ちをして愛犬「はな」を見下ろしてやった。
その様相は荘厳たる神の威光に満ちていたはずだったが、それを見た「はな」の回答は「チーズをよこせ」であった。

神様、この状況をどうにかしてください。


にほんブログ村 犬ブログ 黒柴犬へ ←ブログランキングのクリックおねがいします。

|

« 「カイくん日和」DVD | トップページ | 風邪と散歩(復活ですぅ) »

コメント

回答するの?

投稿: BlogPetのいぬぞう | 2008年9月28日 (日) 12時58分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/501831/42597267

この記事へのトラックバック一覧です: 犬の神様:

« 「カイくん日和」DVD | トップページ | 風邪と散歩(復活ですぅ) »