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2008年9月の記事

2008年9月26日 (金)

犬の神様

人間は理想的にも現実的にも犬の上に立つ。
当たり前である。
飼い主たる人間はその犬にとっての保護者である。その犬の生命、一生の全てを握っているのだ。人間は犬の自由を拘束し、飲食を支配する。罰を与えることもできるし、逆に幸運を授けることもできる。その全てを自分でコントロールでき、一方の犬はそれに逆らうことはできない。その全てを運命と思うしかないのである。
やはり飼い主は犬にとって神様みたいなもんである。

しかし。

犬の神様はウ○コは拾わなければならない。
この辺が人間の神様とはちょっと違う。

人間の神様は意外と無責任でいいようだ。
基本的にこの世界を作ってしまった後にはたいしたことをやっていない。それでも作った当初はちょくちょく顔を出して「リンゴ食っちゃダメ」だの「高い塔建てるんじゃねー」だの「この10個のお約束は守らないけんよ」と細かいことにいろいろ口を出してたらしいが、そのうち飽きてきちゃったのか、二千年くらい前にイエスさんとかいう代理の人をよこした後はほとんど何もやらなくなった。

その代理のイエスさんが人間にやられちゃた後は本格的に嫌になったのか、もう完全に何もしなくなった。「おまーら、勝手にせえよ」と鼻の穴に指突っ込んで焼酎飲みながら眺めているだけで、たまに機嫌が悪いと、ハリケーンとか地震とか、サブプライム問題とか起こして憂さ晴らしをしている。まぁ、一種の「ネグレクト」ですね。

一方、犬の神様はこういうわけにいかない。
ペットショップから犬を買ってきて、ゲージつくって、ベッドこしらえて「さぁ後はまかせた。勝手に生きろ」と突き放すことはできない。
そんなことしたら死んじゃうのである、ワンちゃんが。
人間の神様は犬コロや人が死んだってなーんとも思わんかもしらんが、犬の神様はそうはいかんのである。
ということで、犬の神様には責任というか、日常的にやらなければいけない「仕事」がある。
エサをあげたり、散歩させたり、掃除であったり、たまに犬と遊んでやることが「仕事」で「義務」だ。
この「仕事」をきちんとやっていないと、犬がなぜか神様に向かってバカヤローと叫ぶ。
人間の場合は神様に文句をいっても相手にされない。
神社や教会でバカヤローと思い切り叫んでみても、肝心の神様に聞こえてんのかどうかもわからず、しばらくしておまわりさんがやってきて「仕事なにやってんの?」と尋ねられるのが関の山だ。
しかし犬の神様は違う。
犬が玄関先でバカヤローと叫ぼうものなら、神様はご近所に気遣って、慌ててサンダルつっかけて対応しなければならない。神様なのにサンダルにつんのめって玄関のドアに額をうちつけて血を流したりしなければならない。

どうも犬の神様は分が悪い。
そう考えてちょっと機嫌が悪くなったので、神の威厳を見せつけてやろうと、両腕を組んで仁王立ちをして愛犬「はな」を見下ろしてやった。
その様相は荘厳たる神の威光に満ちていたはずだったが、それを見た「はな」の回答は「チーズをよこせ」であった。

神様、この状況をどうにかしてください。


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2008年9月24日 (水)

「カイくん日和」DVD

まぁね、犬を飼おうと思った時点でどっか頭のネジが緩み始めたのかなとは思っていたんですけどね。こういうものに手を出すところまでイッちゃってたのかと思うんですよね。

「カイくん日和」のDVD。

ソフトバンクのCMのお父さん犬(北海道犬)のDVDね。

こういうもんにね。手を出したんですよ。

AMAZONて良くないねー。お手軽過ぎる。衝動買いにはぴったりのシステムです。良くないなぁ、うん、良くない。

AMAZONのHPでね、ちょっと見かけたんですよ。でもってね、くりくりっとね。その辺クリックして買ったんですよね。送られてきたんですよね、送料無料でね。

今、会社から帰ってたら届いていたんですよ。でもって子供がうるさいから今再生したんですね。とーしばのDVDレコーダーでね。

あのね。他人の悪口は言ってはいかんと教えられてきたの。だから多分ね、このDVDの感想をここには書くべきではないと思うのね。

WindowsXPってムービーメーカーっての付いてんですね。全然知らんかった。(何を今さら)

面白かったので「はな」のスライドショー作ってみました。(音出ます)

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2008年9月23日 (火)

日本犬標準 二.一般外貌

二 一般外貌
雌雄の表示判然として体躯均斉を得、骨格緊密にして筋腱発達し、雄は体高体長の比100対110にして、雌は体高に比し体調やや長し。
体高雄39.5センチ、雌36.5センチとし、上下各1.5センチの差は許される。
二 体色に副わざる鼻色。
三 毛色斑。

「色男。金と力はなかりけり。」
「美人は三日で飽きる。そうでないのは3日で慣れる。」
とまぁ、古今東西、人間社会では物事を見かけで判断するのはよくないとされている。
そういう考え方は軽薄だと思われている。
人間は中身が問われる動物なのである(はずだ)。
全然関係ない話ですけど、火野正平さんという俳優さんを知っていますか。
私は小学生の頃、この火野正平という人が綺麗な女優さんたちにすごくモテモテであるという話を聞いて、「男の美醜とはなにか」と真剣に悩んだことがある。

「日本犬標準」は日本犬の美醜を決める基準といっても過言ではない。
第一項では「本質とのその表現」として日本犬としての精神的素養を強要していたが、それ以外の条項は外見について文句をつけている。それも厳格である。有無を言わせない感じ、文語調表現を使ってつけいる隙を与えない。
この第二項「一般外貌」に始まって十二項「被毛」まで、田舎から来た姑のように執拗に細部にわたって「こうでなくてはいけんよ」とうるさい。
相手が犬だと思って言いたいこと言っている。文句を言わないと思って好き勝手決めちゃってる。もし私が柴犬だったら「うるせえよ、早くチーズ持って来い」といって尻に噛み付いているところだ。
日本犬における理想的な全体的外観を表したのがこの第二項である。
ここに記載したのは日本犬の「小型」のもので、大型犬・中型犬の場合にはここに記載の体高の数字が変わってくる。
ちなみに大型は雄67センチ、雌61センチ、上下各3センチの差が許容範囲。
中型腱は雄52センチ、雌49センチ、それより大きい分には許容される。
また、各セクターで尻尾についての取り扱いが異なっている。これは第十一項「尾」で触れます。

こうなるといわゆる「豆柴」がプロの世界で肩身の狭い思いをしている理由がわかる。
まぁ、これは事の善悪とは関係ないし、私自身にも何のこだわりもないので、豆柴という存在はあってもいいように思う。かわいいもんね。
でもプロの繁殖家からするとルール違反てことなんだろうし、血族的に同じでしかないものを一つの「犬種」として認めろってのも無理があるというのはよくわかる。
あとは・・・金儲けの匂いがするんでしょうね。
私は犬を探しているときに某犬舎に電話して「ウチは豆だから赤だと28万円から、黒の場合は値段わからない」と言われました。やぁねぇ、ガツガツしちゃって。生活厳しいのね。一生懸命生きてんのね、お疲れさまぁ、ウフフ。

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閑話休題

「雌雄の表示判然として体躯均斉・・・」というように、オスらしさ、メスらしさがきちんと現れていなければいけないという。
なんか、この辺が日本らしいというか、昭和らしいですなぁ。「男のくせに」「ちゃんと女の子らしくなさい。」的なことよく言われたでしょ。
日本人は性別によって、性格・思考・行動及び言動さらにはその職業にまで区別をしなければ気が済まない。その辺が曖昧になると「女の腐ったの」になったり「女だてら」な行動をとっていることになってしまう。どうやら犬の場合もそうらしい。
日本犬における男らしさ、女らしさという判断はいろいろあるようだ。例えば頬の張り具合とか。ちょっと多いのでそれは別の機会にするとして、この二「一般外貌」で触れられている唯一の男女比は体長、つまり胴体の長さである。女の子の方が胴が長いんだよとここでは言っている。やっぱり子供を産むからそういう性差があるんですねぇ。

でも、去勢とか避妊手術なんかしたら、そのあたりはもうぐだぐだになるわけで。
やはり「日本犬標準」は求道者のもの。
ペットとして犬を飼っている我々素人はそうやって置いてきぼりを食うわけなのだ。

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2008年9月20日 (土)

散歩のレッスンとウ○コの二律背反

うーん。
なんだかんだで、「はな」のしつけレッスンが三週間も間が空いてしまった。
1回の週末は「はな」がゲロったのでお休み。その次の週はワクチン接種でお休み、そのまた次の週末は予定が合わなかった。
これまで台の上に立ったままの服従訓練から、指差しで「スワレ」をする訓練までをやっていた。
今回は「散歩」のレッスンだ。

散歩では「飼い主を引っ張るようにして歩く犬」が最も悪いパターンとされている。あとは「飼い主の言うこときかずに座り込んじゃうヤツ」も評判が悪い。これらの評判の悪さはまず「犬が飼い主より上になっている」ことと、「飼い主が犬をコントロールできずに事故が起こる」ことの二つである。
ゆえに、最も好ましい散歩とは、犬が常に飼い主の左側に寄り添いつかず離れず、飼い主の歩調に合わせて歩くというものだ。
レッスン開始。
はじめにトレーナーさんと「はな」だけで散歩をしてくるとのこと。つまり、われわれ家族はショップに置いてきぼり。
そして15分ほどしてショップの裏の駐車場で訓練中の「はな」をこっそり見る。(「はな」に見つかると、こっちに気がとられてしまうので訓練の邪魔になるらしい。)
説明を聞いた後に実際に私がリードを持って訓練してみる。
要領は至極簡単である。
まず直線に歩く。そして歩いておきながら180度真後ろに旋回して逆方向に歩く。
このときはリードを軽く引っ張って意思を伝えるように、直線的に右回りをする。これを2.30mごとに繰り返す。後は足で音を立てるようにして止まる。いずれもよくできたらごほうびをちょっとあげる。

急に逆方向に歩き出すと、当然に犬の方はリードに引っ張られるので不快を感じる。(ちょこちょこ動くんじゃねーよ、おめーは)と飼い主に怒っているかもしれない。
それを繰り返すうちに(ああ、もう。あんたはすぐ変な方に動くんだから)てな感じで、こちらの動きを伺うようになる。
犬がそうやってこちらを見てるときに、わざといきなり逆方向に戻る。すると犬は慌てて自分から動きを合わせる。
そのときにおやつをあげる。そうすると犬の方では(あらっ?)と思う。
歩いているうちにいきなり止まる。
(んもう、急に止まるんじゃないの)とかなんとか怒りながら飼い主の方を見る。
そこでおやつ。(あららっ?)とまた、犬は思う。
これらの繰り返しで、犬はいつのまにか散歩のときには飼い主の動きを気にするようになるというのが、このトレーニングの仕組みらしい。

まぁ「はな」はなんとなく、この手の「訓練」モノは要領がよくわかっているようで、妙に興奮させない限り淡々とこなしている感じである。
それでもちょっと不真面目で、気を許すとその辺の地面の匂いをふがふが嗅ぐのは相変わらずだ。

何度も書いているが犬は本当に体内時計がしっかりしている。ゆえに毎日が規則正しい生活が基本である。
以前の私のように寝る時間はバラバラ、金曜日には朝まで遊んで次の日は夕方まで布団の中、でもって土曜日の夜の二時ごろに起きだして一週間とり溜めたビデオを眺め、朝の6時から風呂に入って・・・などという滅茶苦茶な生活はありえないのである。
まさか長年の怠惰な生活が、犬畜生によって矯正されるとは思いもしなかった。
ということで、「はな」の朝夕の散歩の時間はほとんど同じような時刻に行われる。
そして、散歩=ウ○コである。

ここで犬を飼っている方に聞きたいのだが、散歩中にウ○コするときの犬ってどういう行動をとりますか?
「はな」の場合、ウ○コの予兆は非常に分かりやすい。
お尻に違和感があるからなのか、ガンガン歩き始める。リードがなければ全力疾走ぐらいの勢いになる。
とにかく前へ前へ。つんのめる位にリードを引っ張る。行けるとこまで行ったろうという感じでガシガシ前に進む。
そのときにお尻全体がモコッと盛り上がるようになって、お尻の穴が普段の2倍くらいの大きさになる。でもって、ヒクヒクしてる。
もう、ホントにヒクヒクしている。
そこまでしたいんだったらやりゃあいいのに、「あらあらあら」という感じでまだ前に進む。
そして我慢しきれなくなってようやく出ちゃうという様子だ。
まぁ、200メートルくらいってとこですかね、この「ウ○コ我慢走り」は。

こうなると、先の訓練のように「うりゃっ」と急に逆戻りしたり、急に立ち止まったりするのも気がひけるのですよね。
だってそうでしょう。
ウ○コがすごくしたくてトイレ探して、新宿南口で早走りになっているときにですよ。「クリスピークリームドーナツってどこですか?」とか聞かれたら困りますでしょ。勝手に行列探して並んでろって思いますでしょ。
あーもれちゃう、もれちゃうってときに、ビッグカメラの前で「パソコン100円ですよ」と言われても蹴っ飛ばすでしょ。やめなさいね、ああいう商売は。ムカつくから。
それをですよ。それどころか首に縄つけて、エイヤッて引っ張るんですよ。立ち止まったりするんですよ。

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それでもトレーナーさんは気にしないでやるべきとのこと。
今度ショップのトイレの前で立ちはだかってやろうかしらん。

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2008年9月19日 (金)

「飼犬を褒めてみる。」の巻

えー、このブログの正式カットオーバーが8月1日なので、そうですね、だいたい1ヵ月半が過ぎようというところです。
御来訪いただいている皆様、誠に謝々です。
仔犬の生長は早いもので、当初は2.5kgだった愛犬「はな」ももうすぐ5kgが間近。
その間。自分には珍しく結構マメに更新などを続けているわけですね。それもまぁ、かなりの長文で。しかしなんというのか、お前はそんなに言いたいことがあるのかというか、何がそんなに不満なんだというくらいに文章が長いですね。ワレながら自己顕示欲の強さに呆れて果てております。書きも書いたりで現段階の全部の記事総数が40本。
そろそろ整理もしなければいかんなと「カテゴリー」の変更などをしようかと、過去の自分の書いたものを見直しているのですが、
なんつうんですかね。基本的に人格が卑屈なのか、自虐的な内容で人様の気を引こうといういやらしさが出てますね。
結果として、自分の「愛犬」の悪いところばっかを書き連ねている。
いけませんねぇ。犬には罪はないですから。
ということで、今回は「はな」を褒めてやりたい。良いところをアピールしたい。「親ばか」でいきたい。

・・・えーっと。
まず、よく食べるところがよい。
これすっごい重要だと思うのね、個人的には。
本とかいろんなところに書いてありますよね。
「仔犬は環境の変化に敏感」「ちょっとしたころでも下痢をする」「食欲が無くなる」「ドライブは車に慣らせてから」「はじめは5分くらいから」「エサを変えるときには半分ずつ」「遊び疲れをさせないように」
まぁ、初心者はこんな文句で脅されるわけです、怖いわけです。
そんなときに気になるのが、やっぱり「食欲」。やっぱり気をつけても飼い主は失敗することがある。うまくいかないこともある。何があっても、そんなときにご飯をワシワシ食べてくれると飼い主はほっと安心できる。だってケモノなんだもの、がおー。その点、うちの子はイケてる。
「はな」はちょっと車長く乗せすぎたかなと思っても、一人ぼっちにしすぎちゃったなと思っても、はたまたいつも食べさせている柴犬の仔犬専用フードをきらしてしまったときでも、出されたものはなんでも勢いよく完食する。
一度吐いたときにはさすがに食わなかったが、それでも二回もどした後には腹が減ったとうるさかった。やはり飼い主にとって、愛犬の健康的な食欲以上に心強いものはない。ついでにセミも食っちゃおうってんだから頼もしい(蹴っ飛ばしてやりましたが)。
これは食の細い子を飼っている人にはとても羨ましいことではなかろうか。

次。
社交的なんですね。
私以外だったらだれでも好き。とくにちょっと妙齢にさしかかったご婦人と女子中学生がお気に入り。おじさんも大好き。その辺に歩いているだけで好き。私以外だったら誰でもいいので、当然他の犬も大好き。それどころか、猫も好き。カラス好き。子供も好き。
一番のお気に入りは私の家のお隣のご夫婦に、反対側のお隣のお父さん。ちゃあんとご近所さん押さえてんだよなぁ、これが。
非常に不思議。
もともとそういう性格の子なんだという見方もある。「はな」は生後45日くらいでペットショップにやってきて、その二日後には私に買われた。それから寄生虫などが出たから、ウチに引きとるまでの二週間ほどは他の犬から隔離をされており、ウチに来たら来たで2ヶ月私の部屋から外に出ていない。つまり生後50日から90日までの間は人間や他の犬と接していないのだ。にもかかわらず、こんなに人間が好きだというのはちょっと変かも。おまえ。ケモノしゃないんかー、がおー。私にとっては恵まれていることなんだけどね。
ただ、この時期の空白はちょっと「はな」に影響している。それは他の犬と仲良くすることができないこと。
たぶん犬のルールがわかってないんだろうな。犬を見つけるとよろこんで飛びつく。挨拶もなにもなく、いきなり飛びつくもんだから相手の犬がビックリする。相手が後ずさるのをみて吼える(怒っている吼え方ではなくて、なんか言ってる感じ)。だから、結局どの犬にも相手にされず、その横にいる飼い主さんにヨシヨシと可愛がられて喜んでる。まぁ一言で言うとKYなんですね。この前も猫パンチ食らっているし。

あとはですねぇ・・・。

頭がいい。
服従訓練では、犬が我慢ができるか否かがまず一番の壁になる。「はな」はここに問題があるが、それを超えてしまうと意外と人間の言うことがわかるようなのである。「ステイ」「スワレ」はもちろんなのだが、何も労せずに「待った」を覚えたのは驚きだった。
エサにしろチーズにしろ、おもちゃにしろ、この「待った」のコマンドを言うと1・2分はじっとしている。但し、絶対にエサから目は離さない(途中で呼んでも、笑)。そして、こちらが調子に乗ってずーっと「待った」をやり続けると、エサには手をださないが、怒り出す、私に向かって遠吠えをする。なんか言ってんだよな。頭が良いではないか。どうしたケモノ、がおー。

などと、こうして「はな」を褒めていると、こいつはやはり問題犬ではなくなったのだなという感じがする。本当に問題行動で悩んでいる人にしてみれば、あまりにも能天気だと思われてしまうかもしれない。
そろそろブログの名前を変えようかなと思ったりもした、晩夏の夜だった。

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Apeal

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2008年9月18日 (木)

日本犬標準 一.本質と其の表現

日本犬標準
一 本質と其の表現
 「悍威に富み良性にして素朴の感あり、感覚鋭敏、動作敏捷にして歩様軽快弾力あり」

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スタンダードのしょっぱながこれである。
ここで、平成のボンクラ社会で鼻クソほじりながらリーマンも大変だよねぇなどと暢気にほざいている中年サラリーマンはちょっと引く。
こんなことを言われても困るのだ。
あんま漢字使うなよとも思う。

まず「悍威」の意味が分からない。
さぁ、抜粋だ抜粋だ。(「日本犬百科」より)
悍威には勇敢で沈着、大胆のなかにも鋭い感覚があり、しかも忠実従順である。そのなかにも品位と威光が、おのずからともなっているものである。これらが一体となって、かもしだしているところに日本犬の精神美がある。」
なんかすごいことになっている。
あまつさえ、日常でも使われる「素朴」についても
素朴とは、かざりけがなく素直で、気品と風格を備えており、おのずからこれを看取させるものでなければならない。」
あなたね。そこのあなた。
あなたは悍威に富んでいますか?くわしく言うと勇敢で沈着ですか?大胆な中にも鋭く、そのなかにも品位と威光がおのずからともなっていますか?
あなた気品ありますか?風格備わってますか?

あなた「感覚鋭敏」ですか?ちょっと鈍いなって思うことない?会社で一人だけ衣替え始めちゃったってことない?
動作敏捷ですか?ほら、インターホン鳴ってるの。サッと動くの、そういうときは。そうやってドタドタ歩かないの、歩様軽快にね、弾むようにね。

さぁ、あなたの隣の愛犬を見てましょう。
悍威に富み良性にして素朴の感あり、感覚鋭敏、動作敏捷にして歩様軽快弾力あり」これがその愛犬の本質であります。
恥ずかしくありませんか、わが身を振り返って。
犬でさえですよ。そうでなきゃいかんと言われておるわけですよ。

さらにですね。これが大型犬となるとちょっと手が加えられるわけですよ。
つまり「悍威に富み良性にして素朴の感あり、挙惜重厚なる可し。」となるわけですよ。
ほら、読めないでしょ。「きょそじゅうこうなるべし。」
挙惜とはその立ち振る舞いのことをいうのです。ほら、あなたみたいにきょろきょろしないの、どっしり重厚なのね。
もうこうなると、私なんか思ってしまう。

今、わが国は迷走している。
元首が二人続けて日本の政権を放り投げた。
「亡国」。いまや国民は一億総「憂国」の徒である。
こういう人に日本をまかせたい。
「悍威に富み良性にして素朴の感あり、挙惜重厚なる」方に、この国をおまかせするべきではないだろうか。
どうだろう、あなたのとこの秋田犬の太郎君。

この際、この選挙、討ってでないか?太郎だし。

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2008年9月17日 (水)

外飼いのすたーと!

いまや、犬の「外飼い」はほとんどマイナーじゃなかろうか。
犬を家族という捉え方をすることにおいて、家族を家の外に放り出すというのはあり得へんというのはよくわかる。
まぁ、私もなるべくなら愛犬は部屋の中で飼いたい。部屋の中で飼った方がコミュニケーションが密になるだろうし、犬にとっても刺激が多い(退屈しない)環境になる。番犬にするのではなく、ペットとして飼うのであればやっぱり部屋飼いのほうが良い。

しかし、我が家の「はな」は外飼いの予定だ。
私の奥に約束していることゆえ、仕方が無い。
「はな」が我が家にやってきて3ヶ月近くが経過し、「はな」自身も生後4ヵ月半となってワクチン接種も終了している。
この3ヶ月、散歩をするようになってからは、日中は外、夜になると私の部屋のゲージの中で寝るという生活をしていたが、
いよいよ三連休最後の敬老の日から夜も外で寝てもらうことになった。

室内飼いで一番困るのは匂いの問題だと思う。そりゃそうだ。部屋の中でションベンするわけだから。
また、それを消臭するスプレーやら、トイレシートのケミカルな匂いがキツイ。頭が痛くなる。こればっかりは慣れるしかない。
でも、もともと私自身は大変おおらかというか、順応性が高いというか、汚れに強いといった感じの人間なので、特に問題にはならなかった。
それより「室内飼い」で困った問題が二つほどあった。
一つは夜中に起こされること。もう一つはそもそも飼い主と犬が同じ部屋で一緒に寝ること自体がしつけ上よくないという問題である。
本当に犬の体内時計というのは正確だと思う。うちの「はな」さんは毎日、朝の2時きっかりにおしっこをするのである。それで毎日起こされる。5時過ぎには散歩に出かけるわけだから、いきおいう寝不足になってしまう。
あと、しつけ上、犬と同じ部屋に寝るというのは大変よくないことだと思っていた。特に私は「はな」のゲージの隣で布団を引いて寝ていた。
寝ているときには当然に仰向けになる。寝返りもうつ。つまり実質的に、私は毎晩毎晩「はな」に服従のポーズを見せつけていたことになるのだ(笑)。
トレーナーさんにも話したが、訓練中の犬は絶対に飼い主と同じところでは寝てはいけないと言われた。そりゃそうだよなぁ。
それでも、奥に「はな」を家に入れるのは私の部屋の中でだけという約束をしていたので、やむを得なかったのである。

まぁ、そんなこんなでとにかく犬小屋を購入した。
当然なんだけど「はな」がこの犬小屋を自分の家として認識し、自ら入ってくれるなど期待もしていない。
案の定、小屋を作り始めても知らん振りである。興味すら示さない。おい、仔犬の好奇心をどこに忘れた。
なんなく小屋は完成し、部屋のゲージで使っていたブランケットを放り込む。その後に犬用チーズを放り込んだが、小屋の中に顔を突っ込んで食べるだけである。
はいはい。いいんじゃないの。

と2008年9月15日の夜、初めての野宿。
深夜、ふと目が覚めると窓の外から雨音がする。うわぁ~、「はな」はちゃんと小屋に入っているだろうか。
本当なら様子を見たいところなのだが、これからはずっと外で寝るのである。ここで顔などを出して甘やかしてはいけない。じっと我慢して朝を待った。
5時10分に起きる。さっそく外に出ると雨はまだ止んでいない。「はな」を見に行った。
う~、小屋に入っていない。一晩中そうだったのだろうか。
ぎりぎり雨がよけられるスペースに身を寄せていたようで、体は濡れていない。だが心なしか元気がない。
痛む良心を押さえつつ、散歩に連れて行こうと近づいてみると「はな」の顔がいつもと違う。
よく見ると・・・きゃ~、目が腫れてる~っ!
蚊に刺されたのか右目の瞼が腫れているのだ。ペット用の蚊除けを置いていたのだが、それで遊んだのかひっくり返っている。
本人(犬)には相当過酷な一夜だったかと暗い気持ちになる。気持ちよろよろと情けなさそうに歩く愛犬を連れて、雨の中散歩へ。
でも、ウ○コした頃には機嫌もよくなっていた。
そして自宅に戻り、「はな」を小屋に入れるべく小屋にチーズを放り投げる。
慌てて小屋に飛び込む「はな」。その後はずっと雨が降っていたので、小屋の中で静かにしていた。
うん。やっぱり犬小屋には犬がよく似合うんだな、これが。
ちなみに目の腫れは、昼になる前におさまったらしい。蚊だったんですね。
さて、この犬小屋を自分の家だと思うのにはどれ位かかるだろうか。


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2008年9月15日 (月)

「柴犬の犬種標準」ってのは存在しない

柴犬は素晴らしい。
彼らは家族を大切にし、他人にはそうたやすく気を許さない。
番犬であり友達であり、家族としてこれ以上心強い存在はない。
主人に対する忠誠心、凛とした風貌、その気質と容姿はまさに侍と呼ばれるに相応しい。
犬の中では柴犬が一番だ。

Nihon

柴犬、日本犬を褒め称える言葉は多い。
しかし、平成のこの浮ついた世の中で交わされるこれらの賞賛はあまりにも軽薄である。
以下のコメントを見てみましょう。
純粋犬の美は芸術品の美と相通ずる点が多い。すぐれた芸術品が生命のある感動を人々に与えるのと同様にすばらしい犬もまた、同じ感興を植え付けずにはおかない。ここに共通した、何か電光的な感興を起こさずにはいられないのである。」
日本犬の味わいといえば、さしあたり日本犬をとおしての感じ、趣き、気持ち、旨味、妙味といったものであることは事実である。」
素朴は日本犬の本質とされている。素朴にあるものは単純で、簡素でしかも健康である。単純こそ、健康の美をともなうのである。単純は、単調の意ではない。すべての無駄を省いたなくてはならないものの結晶である。」
日本犬の素朴さには、多くの言葉はいらない。日本犬には沈潜した静けさ、控えめな渋さ、そのなかに汲んでもつきない味わいと品位は素朴さのゆえにある。」
いずれも「日本犬百科(渡辺肇著)」からの抜粋である(この記事参照)。
見よ。この昭和の先人達の、含蓄に含み威厳に満ちた日本犬への賛辞を。

ショッピングセンターの中にある店名ローマ字書きのペットショップで「わー、かわいいheart01」などとキャーキャー騒ぎながら仔犬を買った自分が恥ずかしい。
ヒルズ・サイエンス・プロなどに頼っていた自分が情けない。
「はなちゃん」などと甘く名前を呼んでいた自分が許せない。
「はな」。なんですか。チャラチャラしたその赤いリードは。やめなさいやめなさい。これからはこの茶色い引き紐、引き紐にしなさい。

さて、犬種標準についてだけれども。
ちょっと脱線して、柴犬を始めとする日本犬が天然記念物に指定されているのは有名な話である。
昭和6年に秋田犬が天然記念物指定されたのを皮切りに、甲斐犬、紀州犬、越の犬が昭和9年に指定。
その後土佐犬(いわゆる土佐犬ではなく、四国犬)と北海道犬、最後に我ら柴犬が昭和12年に指定されている。
計7種類もの日本犬が天然記念物として御国に認められているわけだ。
しかし、一方で犬種標準(スタンダード)は日本犬の基準が一つあって、それに大型・中型・小型の注釈が付いているのみである。犬種ごとの記載はない。
だから柴犬の犬種標準というのは存在しないし、甲斐犬の犬種標準もない。「日本犬」標準の一本のみ。だから甲斐犬の色って黒っぽくってね、とかはどこにも書いていない。
へーんなの。
このあたりを「日本犬百科」では、秋田とか紀州とかの地方名にこだわることが地方的特色の保存には役立つものの、良い種犬を求めて全国横断的に交配がなされている事実からすると曖昧な意味しかないと言い切っている。
つまり今も昔も全国的に血が混ざっているわけで、それぞれの地域のオリジナル犬の再現なんて無理なことだし、血族的にはみんな同じなんだからあんまり○○犬とかに分けるのには意味がないよ、ということのようだ。
それらの地方系統のよさは尊重する位にとどめて、大型・中型・小型という型で分類をして「日本犬」の固定化を図るのが目的としている。

多分そうは言いながら、もう少し違う規定があるのでしょうね。
だって、血統書には「柴」って書いてるんだし。
秋田犬保存会とか、とういう団体もあるわけだから、不文律かもしれないけれど犬種ごとの決まりというのはどこかにあるような気がする。
この辺のあたり、何か情報あったら教えてください。

しかし、この厳格さには改めて頭が下がる思いである。
考えてみると犬ってのは本当に多様ですよね。
人間なんてちょっと語弊があるかもしれないけど、白と黒と黄色位のもんでしょ。それにしたって手の長さが倍以上違うわけでもなく、耳の方向が極端に違うわけでもない。
そうすると戦争が終わって70年以上、こうした厳格な取り組みがなければ、柴犬がこうしてその特徴を持ったまま残るというのは難しかったかもしれませんね。

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2008年9月14日 (日)

なんでも決め付けはよくない(のか?犬種標準)

人間は(_________)でなければいけない。
男は(________)でないといけない。
(_____)のは美人とは言えない。
学生なんだから(__________)であるべきだ。

さて、こんな穴埋め問題があったとしたら、カッコの中に何を入れますか。
この手の問題には正解がない。
正解があると言い張っても、その答えはただの決め付けである。決め付けは自分だけのものである。
それを他人の前で口に出したり、強要してはいけない。この手の話は予想以上の反発を食らう。

「女なんだから、もう少しおしゃれしたら」と言われたらどうする。いやーなき持ちになるでしょう。。
「へー、世田谷に住んでんだぁ。お嬢様なんだぁ。」って言われたら、んー、もうっ。お嬢様じゃないの。かぁちゃん、サミットでパートやってんの。今月牛肉くってないの!って心の中で地団駄踏むでしょ。
「お酒はぬるめの燗がいい」だの「肴はあぶったイカでいい」だの、「女は無口なひとがいい」とかほざいている彼には勝手にしろと言いたくなる。俺ぁキュッと冷たい韓国焼酎で焼肉かまして下ネタ好きの姉ちゃんとワイワイやりたいの、お盛んなの。と言い返したい。
神様に近い人か、よっぽど相手が逆らえないような権力を持っている場合じゃないと「Aはこうでなきゃいかん」などと決め付けてはいけない。阿久悠くらい偉くないと言っちゃいけない。
ナベツネだって「星野しか」とか「王ちゃんしか」とか決めつけて煙たがられている。
もちろん、これは主観的に物を決め付けんなよという話であって、誰が見たってそーだろと思うことはある。
「アルコールの入っている飲み物がお酒である」のは確かだし、「会社員だから会社に勤めている」のは当たり前である。
でも「アルコールが5%なくちゃお酒とはいえない」のはおかしいし、「仕事が下手くそだから会社員ではない」という決め付けはおかしいのだ。

さて、ドッグランに行こう。そして柴犬らしき犬を連れた人を見つける。
「まぁ、かわいいですねぇ。何ヶ月ですか?」などと親しげに声をかけながら近づく。
柴犬は興奮してあなたの手に飛びついてくる。後ろ足で立ち上がって、キャンキャン吼える。愛玩犬としてはこれ以上ないほどにかわいらしい丸目が爛々と輝いている。
おだやかな休日の午後、みどりの多い爽やかなドッグラン。飼い主の女性は、やさしく犬に語りかけるあなたと愛犬の姿を見て目尻が下がりっぱなしである。よかった。嫌がる旦那を宥め、脅し、すかしてようやく手に入れた愛犬である。血統書付きである。20万円である。ざまあみろ、旦那。だいたいあんたはそもそも・・・。
そんな彼女をよそにあなたは尋ねる。
「柴犬ですか?」
「ええ。」
しかし、あなたは怪訝そうにこう応える。
「いや、ちょっと違うでしょう。」
とたんに沈黙が走る。
飼い主は自分が一体何を言われたのかが理解できない。
「失格ですね。柴犬とは認めたくないですね。」
「はぁ?何言ってんですか。」
狼狽する女性をフォローすることなく、あなたは畳み込まなければいけない。
「まずですね。なんですか、この落ち着きのなさは。柴犬の本質たる『悍威に富み良性にして素朴の感あり、感覚鋭敏、動作敏捷にして歩様軽快弾力あり』をどう考えておるんですか。チャカチャカと落ち着きがないし、平気で人におもねる。柴犬の本質たる威厳も素朴さも全くない。」
「な、なんですか、いきなり。」
「それにこの目。この丸目。『稍三角形にして外皆上がり』というのが日本犬の目です。この軽薄なビー玉みたいな目はひどい。人に媚びる洋犬の目だ。あーやだやだ。どっかでチワワかなんかの血が入ってんじゃないの?」
「・・・け、血統書だってあ、あんだから。」
「あのね。血統書なんかね。血統を確認するだけのものなの。これオス?メス?あのね、だいたいパッと見て性別がわからんってところに軽薄さが出ている。何、オスなの?その割には頬の発達が足りないねぇ。顔も長くて、なんかあれじゃない。六代くらい前にキツネの血でも入ってんじゃない?」
唖然とする飼い主。
「日本の心と矜持を失った犬には興味はありません。では。」
季節は初秋。夕暮れのドッグランに静かに吹きはじめた少し早めの冷たい秋風を背にしてあなたは去っていく。
これ以上の飼い主に対する侮辱はない。
柴犬の性格はこうじゃなきゃいかんとか、目はこんな形じゃなきゃいかんとか、そんなことは飼い主にしてみれば、勝手に何言ってんのよという話である。
しかし、柴犬の世界にはこういう明確な決め付けがある。それをふりかざす権威がある。
犬種標準(スタンダード)だ。
スタンダードは日本犬保存会とJKCとで定められたものがあるが、日本犬保存会のスタンダードは昭和9年に制定されている。思い歴史があるのだ。
改訂はされているけど70数年も基本的思想を変えずにこの標準は生きている。しかし戦後まもないこの時期にたかが犬(あえて失礼な表現)にこれほどまでの情熱を注いだ人たちがいるというのは感動だ。

Omoitsuki

今、手元に一冊の本がある。
「日本犬百科」
昭和49年発行だから、34年前。日本犬保存会の創立に参加したという渡辺肇氏という人の本です。図書館で借りた。
(絶版にはなっていないようなのでサイドバーにリンク貼っておきました。でも、高いね。)
これが面白い。まだ読んでいる途中なのだけれど、これを読むともっとしっかり飼育せんといかんなという気持ちになる。先輩ありがとうと言いたくなる。これからの日本は私達にまかせてくださいと約束したくなる。
ということで、そろそろ柴犬の「犬種標準」について勉強をしようと思うのだ。

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2008年9月13日 (土)

仔犬の咬み跡

三連休だしのんびりと柴サーフィンやってます。

そして再来訪したのが「眞鍋かをりのココだけの話」。

あー、やっぱりだ。咬まれている。予想してた通り(「ぴーちゃんの憂鬱」参照)。

ちょっと家に来るには小さいなぁと思ったんだよなぁ。

犬を飼っている人ならわかると思うけど、仔犬の歯ってのはかなり細いのでちょっとでも手に触れると針で引っかかれるようなもんなんですね。甘咬みの場合には手に傷はつかないんだけど、マズルを動かすときにどうしても引っかいて傷になる。あと、やっぱり小さいうちは犬も加減がわかってない。

「はな」も良く咬む。4ヶ月を超えて私の手には遠慮するようになったけど、それも毎回毎回きつく注意してやってようやくわかった感じである。本能なんだよね。あと、なんかで読んだけど犬にしてみりゃ、人間の手も犬の口に見えるって、そりゃそうかも。

相変わらずご近所さんの手などはガブガブやっている。(甘咬みの加減がわかってきたようなので大丈夫だけれど)

まぁ、よく咬まれたもんだが・・・。

一番ひどかったのは夕方の散歩でなんか拾って食い始めたので、慌てて取り出そうとしたときにガブッとやられた。左手の人差し指・中指・薬指のトリプル。

各々1センチくらいの傷。これ、ふつうのことなんですけど、犬の口って上にも下にも歯が生えてるわけね。そうなるとね、これまぁ、パクってことになると、こう挟みこむことになるわけですね。ということで人差し指・中指・薬指のトリプル×2で一気に6箇所。

手に傷がつくというのは意外と日常生活にありそうで、実はそんなにない。包丁で手を切るなんてのはベタ過ぎるが、実際にそうなったら結構おおごとである。おそらく東京の成人男性における手の切り傷の85%はコピー紙による(感じがする)。

子供のころはよくススキとかの草で手ぇ切ってたなぁ。

Kamimasse

しかし、これは気のせいかな。

仔犬の傷ってそんなに痛くないような気がするんですよね、紙で切ったときなんかより。紙はスパッと切れる。一直線に細い筋がつくけれど、切れ味が鮮やか過ぎて血が出ないときもある。傍目には傷も目立たない。全く見えないときもある。しかし確実に切れている感覚は残っていて、いつまでもジクジクと痛みが続く。なんとなく絆創膏を貼っても効かなそうな感じがする。なんかタチが悪い。あざとい。

一方で犬に咬まれたときには真っ直ぐの傷にはならない。ギザギザで、表面の側がちょっと外側に押し出されている感じ。だから傷がはっきり見えるし、すぐに血が滲み出てくる。深くもある。ただ、少し痛みがソフトな感じがする。絆創膏を貼ると滲んだ血がよく馴染むような感じがして安心する。マキロンもよく染み込む感じがする。正しい傷のような気がする。

うん、俺ぁ紙より犬の傷の方がいいねぇ。でも、ちゃんと叱りましょうね。


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犬を飼って変わったこと(その2)

まぁ、いろいろと言っているが、早起きしなければいけないというのも飼う前からわかっていたことで、さほど文句はない。
ただ、早起きになったから何かもっともらしい、たとえば体調が良くなったとか仕事の集中力が上がったというようなことはない。
一方で夜遊び、夜更かしの類が激減したのは事実。
もともと私は酒を飲むのが好きで、飲めば終電なんかまったく気にせず、午前様の日々を続けるやさぐれサラリーマンなのだ。
しかしそれが朝の散歩に縛られてできなくなる。2軒飲んだあたりで時計などをチラッと見て「じゃあ帰るわ」と言わねばならない。当然に周囲は戸惑う。
今までさんざ夜遊びを強要していた人間がおとなしくなったのだ。
体の調子が悪いのだと思われ、遊びが過ぎて資金繰に窮しているのではといった邪推も生む。
ほんっとーに、夜遊びをしなくなった。
品方公正にならざるを得ないのである。
まぁ、これが犬を飼ったことによるメリットであると言えれば言えなくもないが、果たして誰のためのメリットであるかは疑問である。ネオンが恋しい。

同じく、家での夜更かしもあまりできなくなった。
そのせいでWiiの三国志は道半ばで頓挫している。
曹操を南方に追い詰めたはいいが、孫権が川越しにちょっかいを出してくる。一気に荊州への南攻を展開したいところだが、これまでの薫卓軍との戦いによる兵の損耗と勢力拡大による物資の分散がそれを困難な状態にさせている。
しっかりと内政拡充をすすめつつ、一方で最小限の兵力をもってして孫軍の侵攻を押しとどめなければならない。そのためには曹操の抱える優秀な武将を配下に収めたい思うのだが、南方の僻地においやってしまったがために、逆に曹操軍を攻略するための補給線の確保が難しく・・・
とまぁ、こういう具合に重要な局面を迎えつつあるのだが、なかなかWiiのスイッチを入れる気にならない。早く天下を平定し漢の民に平安をもたらしたいとは思うのだが、その覇道がまさか一匹の黒柴に妨げられているとは、民の誰一人として知らない真実なのであった。
閑話休題。

ま、いずれにしろ生活のリズムを整えたいと願っている人には、犬を飼うのはお勧めかもしれない。
寝る時間が変わっても、起きる時間は同じになる。散歩の後だから朝飯もしっかり食べるようになるしね。
あとは、ご近所さんと挨拶する機会が増えましたね。散歩のときなんかは、結構離れた場所に行っても人見かけると「おはようございまーす」なんて言っているのである。別にその人は犬なんか興味があるわけでなく、花の水遣りとか、新聞取りに出てきただけとかなんだけど、なんとなく犬を連れて歩いていると挨拶ができるようになる。
それが何のメリットだと言われれば、別に何が得をしているわけでもないのだが。この殺伐とした平成の世の中で、そんなことがあるなんてぇ、いいぢゃあないですか。

Bero

まぁ、「はな」の登場によって面倒くさいことがたくさん増えたわけですが、一方でそれに対応するためにはものぐさな態度というか倦怠的な姿勢ではいられない。
一番わかりやすいのは先の通り、休日にしたって前の日に浴びるほど酒かっくらって、昼まで寝てるなんてことはできない。強制的に朝の散歩で目を覚まされる。そして寝るにしたって、健全に昼寝をすることになる。
気分にむらが出て、どうしてもやる気のでない日というのがありますよね。けれど、そういう日であっても体は動かさなければいけない。
そういう意味での効果が今のところ大きい。

でも一番の大きな変化は日記ですら三日ももたない私が、こんな面倒くさいブログなんてものをはじめたということかも・・・。

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2008年9月12日 (金)

犬を飼って変わったこと(その1)

犬を飼うようになるとそれまでの生活がかなり変わる。
もちろん子供が生まれたときのインパクトとは比べようもないが、一応家族が増えたようなもんである。日々の生活が変わらんわけはない。
まー、どうしても一般論を攻撃したくなってしまうのだけど、よく言われるのが犬を飼ったことで「家族の会話が増えた」「普段あまり笑わない父が笑うようになった」「みんな家に早く帰ってくるようになった」「クララが立った」「疲れて帰ってきても、この子の姿を見たら疲れもふっとんじゃう」とか。
はいはい。良かったね。おめでとおめでと。
なんかのCMかっての。(管理人、個人的に「タマホーム」のTVCMに生理的拒否反応あり。早くやめなさいね、ああいうCMは。)
そんなことぢゃあないんだよ。
陽の部分なんかいいんだよ、陰の部分言えよ。陰の部分。
どうしても陽の方向にもっていきたいんだったら、例えば「家族みんな、指にウ○コがついたくらいでは騒がなくなりました」とか、「切り傷の処置がうまくなりました」とか、あとは「犬が騒いでくれるので、かえってご近所に開き直れた」とかいいなさい。
無理してハッピーとか言ってんじゃないの。大変なの、犬を飼うのは。ハラハラすんの、イヤイヤになるの。ひっぱたきたくなるの。もう。

私の場合、最もかわったのが「起床時間」ですね。これはおおきい。
まさにライフスタイルが変わったといっても過言ではないです。まぁ、それまでの私の朝の時間は七時くらいに起きて30分でチャチャッと身支度して7時30分くらいに家を出て、9時ギリギリに会社に着く。そんな感じだったわけですね。
今は起床が5時過ぎ。あと違うのが、朝起きたときってしばらくボーっとしているというか、しばらく体動かんなぁ、血圧上がらんなぁとかいって、テレビの前で番組を見るわけでもなくボーっとしている空白の時間、そういうのがありますよね。
それがなくなった。五時に起きたら、もう犬がクーンクーンだのキャウンキャウンだのいってばたばた騒いでいるのだ。起きたらとりあえず2階の自分の部屋から「はな」を担ぎ出して、階段を駆け下りる。そこらのズボンを適当に穿いたらさっそく散歩である。
この散歩が最近だとだいたい20分とか25分。最近は涼しくなったけど、早朝でもこれだけ歩けば汗が出る。家に帰って「はな」にエサをあげたらシャワーを浴びなければならない。朝シャン(1987年流行語)である。それら一連が終わるのが6時ちょっと前。
奥が起きるのが6時半過ぐだから朝飯が6時40分頃。その間の4-50分でモーニングサテライト見ながら、このブログを更新したりしてるわけですね。でもって7時には出金準備が整っていると。
まぁ、こうやって書くと非常に「健康的」というか、朝の時間の「効率の良さ」みたいなものが垣間見えるわけです。
やっぱり犬を飼うっていいことじゃなーい、ってよくないのっ!
だるいの。眠いの。
当然、これは休みの日も同じ。
あのね、土曜日の朝ってのはね。いつもの習慣でハッと目を覚ましてから、ああ、今日は土曜だったんだ、休みだったんだぁっつって二度寝するのが醍醐味なの。
それで休日の喜びの75%を締めてんの。私ね、その残りの25%で勝負しなきゃいけいないの、「はな」ちゃん。あんたが散歩だメシだって騒ぐから。
あとね、毎朝ウ○コつまんでんのね、私。
それにね、・・・あんた今日なかなかウ○コしなかったね。おかげで今朝時間押し気味になったじゃないの。まだまだ言いたいことあんだよね。あーもう、写真貼っ付ける時間もない!
ってことで、この項つづくーっ。


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2008年9月10日 (水)

飼い主の傲慢さ

地方によっても違うと思いますが、今年の夏はひたすら雷雨。毎日夕方になるとどこかで大雨警報やら洪水警報が発せられる。
「はな」は日中は外にいてもらっている。
夕方に買い物などに出かけているときなどに降られると慌てて「はな」を家に入れるために帰ったりしていた。
しかしあれですね。
犬の毛って結構水をはじくんですね。あまり濡れない。肢をちょこちょこと拭いてやればいいので、けっこう楽だったりする。こういう乱暴な扱いを受けているので、意外と「はな」は雷の音を怖がらない。

なんにしても犬というのは不憫なもので、常に「つながれる」宿命からは逃れられない。
飼い主からするとこの「つなげて」しまうことに若干の罪悪感がある。好きな場所を自由に駆け回ることができる方が犬にとって楽しいに決まっている。
それでも犬をつなぐのは事故と逃亡を防止したいからだ。
飼い主には犬の人生(?)を拘束している、自由を奪っているという良心の呵責が常につきまとっている。
だからこそ、その不自由さの中で犬には幸せになってほしいと思っているし、いろいろと気を使う。それだけに思うとおりにいかないと焦ったり、腹が立ったりする。
いずれにしても犬にとっては迷惑な話なのかもしれない。

二週間ほど前、実家に「はな」を連れていった。
私がやってはダメだと言っているのに、母親はから揚げを手で細かくちぎり「はな」に何度も与えていた。おかげで早くもその後のウ○チが柔らかくなる。
母親は犬が好きなようである。自分の子供のときの話をし始めた。
「私もね、子供の頃ね。二頭くらい飼ったことがあんのよ。」
部屋の絨毯に「はな」がおしっこをしても母親は笑っていた。
「初めはね。近所で手のひらに乗るくらいの犬を貰ったのよ。それがさ、アタシもなんにも知らないもんだからねぇ。」
ほうほう。
「なんか臭かったからね。家に帰ってそのまま洗ったのよ。」
はぁ。
「そしたらね。エサやっても全然食べなくてね。」
・・・。
「そのまま、死んじゃったわ。」
滅茶苦茶である。洗ったのが原因なのか、小さすぎて離乳期を迎えていなかったのか。いずれにしても今だったらあり得ない話だ。
ちなみに母親は昭和11年生まれ。当年73歳である。
「二匹目はね。なんだろ、スピッツと何かの雑種やねぇ。結構かわいい子だったんだけどね。庭につないでいたのが突然いなくなってね。まぁ、あのころは戦争が終わってゴタゴタしてたときだから、今考えると誰か持ってっちゃったんだと思うんだけどね。近所の子供集めてね。隣の町まで何日も探し回ったことがあったよ。」
といいながら、ダメだっつってんのに「はな」の口にから揚げを押し込んでやってる。

ドッグフードが最適だという。栄養価のバランスを素人判断でやるのは無理だと。
人間の食べているものはあげるなとも言う。身体に良くない。序列がわからなくなる。人間の食べ物をもっと欲しがるようになる。
私は「はな」としつけレッスンを受けている。そうした方が「はな」と良い関係が築けると思っているからだ。
でも、そのどれもが母親の時代にはない考えだ。
私が母親の話を聞いて「あり得ない」と思っていたように、母親には私の話がまったく理解できなかったようだ。
母親は仔犬が欲しがっていれば、何の躊躇もせずにから揚げを与える。彼女にとって犬をかわいがるとはそういうことで、与えるなという考えこそ理解できない。
犬はその辺から貰ってくるもので、二十万も三十万もの金を払って買ってくるものではないし、犬が水色のシートにおしっこをするのだって不自然に思っている。部屋に入れておけば絨毯におしっこをするは当たり前なのだ。
「まぁ、アタシはよくわからないからねぇ」
と言う言葉にちょっとした何かが混じっているような気がした。
自分は二匹の犬と不幸せな形で別れたのだ。
大人になった息子が、お金と引き換えに犬を手にいれ、まぁ、その辺に転がってるようなウンチクをたれる。
私は少し調子に乗っていたのかもしれない。

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Danball

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2008年9月 8日 (月)

犬とおじさん(←童話的タイトルでナイス)

変な話をしようと思う。
飼い主と犬との関係について、常々考えている。

四十も間近でそろそろ人間としての成熟・洗練・余裕というものを備え付けなければいけないこの時期に、なぜに犬なんぞを飼おうと思ったのであろうか。
この歳で仔犬に翻弄されているというのは結構決まりが悪いものである。
だいたいね。そりゃ老若男女、仔犬とか見ればかわいいなぁとは思うさ。
けど、それで実際に情にほだされて飼っちゃうなんてのはだねー。所詮、女子供と同じぢゃあないか。ん?ええ歳こいた君みたいな大男がだよ。
休日に無精ひげ生やした顔で仔犬とじゃれているなんてのはぁ、男の恥だとは思わんかね。まぁ、百歩譲って、君が三国一の犬好きだとしてもだよ。
黒柴ちゃん、かわいいかわいいはないだろう。たとえばシェパードとかだな、秋田犬とかだな、そういう男子の矜持みたいなものが感じられる犬というものがあるだろうに。
まーったくそんなことだからして、君にゃ大事な仕事はまかせられんのだよぉ。と昭和の社長風に説教されてしまえば二の句が継げない。

犬を飼いたいと思う理由はほとんど誰でも同じだと思う。

はっきり言って「かわいい」からで。
「かわいい」のが近くにいると「癒される」からで。
その「かわいい」のが無条件に自分を好いてくれる(はず)だから。

んー、ここまで書いていて何か思いついてしまった。
なんかね、こういうことを女の人が言っている分にはいいんだよね。OLなんかがね、一人寝のワンルームかなんかでこういうことを呟いてね、「あー、癒されたいっ!」なんて言ってる分にはね、社会的に許容されるんよね。
それがね、これね、犬とか関係なくですよ。
単純に既婚の中年男の希望としてですね。忘年会かなんかでちょっとお酒の勢いで、職場の女の子かなんかにですね、その思いというか悩みみたいなのを打ち明けたとしますね。
そうするとですね、次の日かなんかに一度も会ったことない総務課長から内線電話などがかかって来てですね。まぁ、いろいろと面倒なことになりそうなわけです。

つまりですねぇ。そう考えが至るにおいて私は一つの結論に落ち着いたわけね。
「はな」ちゃんはね。私の愛人なんだね。たぶん。
(今晩、ちょっと酒飲み過ぎたかなぁ。)

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Aijin

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2008年9月 7日 (日)

体罰なくしてしつけができるのか

「私は犬に体罰を与えています。」なんて宣言するとどうなるだろうか。

例えば愛犬家の集まるドッグランで、ギャンギャン吼えて言うことをきかない犬を竹の棒で叩く。まぁ、その場で取り囲まれるでしょうね。通報でしょうね。場合によっては逮捕ですね。「竹の棒」というのが良くない。
では、竹の棒ではさすがにひどいので、手にしましょう。平手で叩いたらどうだろう。
この場合、通報はされない。でも、冷たぁ~い目で見られますね。「この素人が」と思われるでしょうね。「ワンちゃんにあたってるなんて心に余裕のない人ね。生活厳しいのね。」とも思われる。犬は人間よりも体が小さいから、普通の人が見ても犬への暴力は「弱い者いじめ」の類に見える。

犬に体罰を与えてはいけない。
定説である。どのマニュアル本にもそう書いてある。絶対にやってはいけないと書いてある。体罰がしつけに「逆効果」だとも言い切る。
体罰によってさらに犬が興奮して制御がきかなくなるとか、体罰によって人間に対する恐怖心が生まれて攻撃性が助長されるとか・・・。
ここまで胸を張って言われてしまうと、なかなかに手を出すわけにはいかない。
それでも人間は感情の生き物だ。なにかのはずみでついつい叩いてしまうことはある。
そんなときに「やってしまった」と自己嫌悪に陥ってしまうのは、柴犬を飼っている人なら経験のあることではないだろうか。
これ、辛いんですよねぇ。犬を叩いてしまうというのは本当に自分が嫌になる。寝る前かなんかにそんなことがあると、その日一日がまるまる悪くなったような気がする。

けれど。改めて思う。じゃあ、どうすりゃいいんだよ。
その答えらしきものもマニュアル本には書いてある。曰く、怒った表情を作り、犬と目を合わせ「ダメっ」と滑舌よく叱る。曰く、無視をする。曰く、場合によっては他の部屋に行く。
絶対に手を上げてはいけない。犬にわからないように大きな音を出す。
はいはい。
そんなんで言うこと聞くかぁ~っ?
犬が咬むとき、暴れるとき、拾い食いするとき。
あのね、怒った表情作ってる間も手ぇ咬み続けんの。無視したらさらに調子こいて暴れんの。音が出るもの探してるうちにセミ全部食っちゃうのっ!
正直「絶対に犬に体罰はしない」というポリシーは美しくても無理ですね。絆創膏がいくらあっても足りないし、精神が持たない。
ノイローゼになります。私も結局やんなっちゃった。

Flower

やっぱり犬は人間の都合なんかわからんのである。言ったって雰囲気くらいしかわからんのである。

だから、私は「はな」にしっかり体罰を与えることにした。
・・・。
と、ここで話を打ち切ってしまうと、私が何かとんでもない決意をしたのではないかと思われてしまうので詳しく述べると。
もちろん犬への体罰をすすんでやろうということではない。人間だって体罰ばっかり受けてれば頭のおかしなヤツに育つ。細かいこと考える前に犬だって人間と同じなのだ。
そこで一つ、私は「はな」への期待のハードルを下げた。
犬飼い初心者がよくやってしまうことかもしれない。犬に対して勝手に期待をもって、忠犬やら癒し犬やら「良い子」の役割を犬に要求してしまう。
そういうのをやめた。
事故を起こさず、健康に元気に育てばいいかなと。
多少ご近所迷惑であるかもしれないが、真夜中にギャンギャンということでなく、早朝にキャンキャンくらいならまぁ許してもらおうかなぁと。
そう思うと不思議なもので、普段気にしていた無駄吠えが気にならなくなる。
散歩でなかなかトイレをしない。会社に行く時間が迫っている。早くしてくれーっと思っていたが、やめた。
そんなときには時間通り家に帰ってしまう。多少家が汚れることがあってもしゃーないやんか、人間だってク○出ないときだってあるじゃん。
ゲージから出せ出せだせっって、うるさいよ!座れ!って、そりゃ出たいよ。でも出せないんだからしょうがないじゃん。
と、まぁそんな風にすると、何かの勢いで叩いたりするようなことはほとんどなくなる。

けれど、その代わりに絶対に許さない。つまり体罰をもって対応することを2つ決めた。
それは「手を咬む」ことと「拾い食い」である。
手を咬むのはもってのほかなので、思いっきり叱っている。頭を叩くようなことはしないが、マズルを掴む、マズルの下を叩く、首を上から押さえつける、乗りかかる。
これくらいのことはやるようにした。結果としてはまだ50点。寝ると次の日には忘れてしまうらしい。本能との戦いなんだねぇ。「咬む」ことについては別の方法が必要かもしれないけれど、それでも多少は躊躇するようにはなっている。
一方の「拾い食い」についても、変なものを食って身体を壊してはいけないので絶対に止めさせたい。叱るにしてもスピードが必要(サッと食ってしまうので)なので、路上の「何か」をくわえたら肩口あたりを蹴ることにした。これは2日程で90点くらいまで悪い癖が治った。たまに忘れて食おうとするが、はっと気づいて直前で止めたりしている。本人も結構葛藤しているのかもしれない。

「はな」は現在生後4ヶ月。
う~ん。今のところ問題はないと思っている。

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2008年9月 6日 (土)

柄の色にダマされるな!

突然ですが、パンダってかわいいですよね。
そらもう、その認識は世界共通疑う余地がない。
下手にパンダの悪口なんて言おうものなら、世間の反感を買うこと間違いない。人でなし呼ばわりされてもおかしくはない。
わが国の政府なんか、億の金を出してもパンダちゃんに来てもらいたいと思っている。
「たかだか畜生にそんな金払うのかよ、正気かおめーは」などと言ってはいけない。パンダは平和の象徴なのだ、おめーとかいっちゃダメ。
さて、実際に確認してみよう。(写真はhttp://woophy.com/で検索。当ブログは商業目的ぢゃありません。)

Panda1

ほーら、かわいいわけ。
笹なんか食っちゃってるわけね。この「笹しかたべないの、ボク。たべれないの、ボク。」という姿勢もかわいさに繋がってるんでしょうね。
これが、ワシ肉食一本。それも生きたままのイタチを頭から齧る形でないと受け付けないんだよねとかになると、とたんに人気は落ちる。
・・・。
だから笹食ってんのだ。
かわいいのが武器になるのを知っているのだ、こいつらは。
私は知っている。パンダはけっしてそんなにかわいい生き物ではない。狡猾で陰険で、絶えず周囲の隙を狙っている生き物である。
絶対に性格は良くない。
証拠を見せよう。画像をクリック→Panda2_2

見ていただけただろうか、この目を。
絶対になんかをたくらんでいる。凶暴性すらもうかがわせるこの目。いいですか、この目で自分目当てに群がっている人間・大衆をじーっと眺めている。
仕返し、復讐、叛旗。もしくは優越、見下し。あるいは謀略、策謀。そんなものが目に漂っている。
全てはこの目を囲む黒の模様にある。この模様が凶悪なその目をカモフラージュしているのだ。

さて、本題の黒柴である。
黒柴はもちろんかわいい。そのかわいさとして真っ先に挙げられるのが、まろ眉と呼ばれる目の上の白い斑点である。うちの近所のおばさんたちは「四つ目」と読んでいた。
これが黒い顔の中でいい按配なコントラストになっているのだ。
ん?
これってパンダと同じか?ひょっとしたら毛の色でごまかされているんじゃないか?
「はな」の黒目がちの目を見てみた。
う~ん。そうやってマジマジ見てみると結構目の縁が皺っぽくなっていたりして、10人が10人「かわいい!」という目ではないような気がする。
見れば見るほどそんな感じが強くなってくる。
仕返し、復讐、叛旗。もしくは優越、見下し。あるいは謀略、策謀。
いやいや、それを打ち消そうとしてちょっと離れて見たりする。やっぱりかあいい。
と気を許したら、こんな写真が撮れたのだった。こ、こわいよ、その目・・・。(クリックするとよくわかります)

Kowai


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2008年9月 5日 (金)

飼い主と犬の関係(その2)

Img_0027

犬はとても上下関係を大切にする。この上下関係を構築することが大切だというのは犬を飼う人間にとっては常識である。
それが失敗すると、アルファシンドローム(権威症候群)だの、よく吼えるだの、人間の言うことを聞かなくなる、咬むぞ、事故だ、救急車だ、消防だ、警察だ、菓子折りもってお見舞いだということになっている。
よくわかった。だからおじさんはとてもそのあたり気をつけている。頑張っている。
息子のときより気をつけているし、よく知識もつけている。

おかげさまで。

愛犬は結構言うことを聞くようになった。
「すわれ」と言えば座る。服従訓練なんかもちゃーんとできるようになった。「はな」と名前を呼べばこちらに来るようにもなった。
おじさんはうれしい。コミュニケーションの成立が誇らしい。うちの子だって「やるときゃ、やんだよ」と声を大にして言いたい。
しかしだ。

「すわれ」と言われて座った後の愛犬の目が何かを要求している。服従訓練が終わるや否や、速攻で身ぶるいをする、肢で体を掻く、あまつさえどこかに去っていこうとする。名前を呼ばれたときの足取りがノタノタと重い。

これはなにか。
そう。全てにおいて「イヤイヤ」仕方なくやってあげている風なのだ。

この状況をなんと見るか。
一応「上下関係を理解している」状態であると言っても良いと思う。言うことを聞くのだから。愛犬はおそらく「自分はこのおっさんの言うことを聞かねばならぬ」と考えている。
まさに上下関係である。
けど、なんか理想的でない。
良い上下関係というのは例を挙げると、先輩と後輩、兄と妹とか、お世話になったあの方と私、みたいな無償を前提とした人間の関係ではなかろうか。
課長と新入社員、お得意様と営業マン、生活指導の先生と生徒。上が指示して下が嫌々従っているという構図。なんか計算が入っている関係。こういう上下関係というのは、できることなら関わりたくないなという感じである。
この良い上下関係を結び付けているものは愛であり、信頼であり、友情である。
一方の悪い上下関係は強制と計算と我慢で成り立っている。

「はな」は私を好いているのだろうか。
強制と計算と我慢でなんとかなってるのではなかろうか。

そんな不安を感じている私の顔を「はな」が舐める。
カーニングシグナルって知ってます?犬の仲間内で決まっているボディランゲージ。
その中で相手の顔を舐めるというのは、相手に対して最大限の好意を示しているとのことだ。
「はな」が凄く私の顔を舐める。ドッグフードくさいけど凄く舐める。
ああ、この仔は私に最大限の好意を持ってくれているのだ。とても幸せ。

そして、あるHPを見た。
相手の顔を舐めるカーニングシグナルの意味、そこに書いてあったのは。
「おべっか」

おべっか・・・、計算、打算。ふーん。

私の頭の中に「キャバクラ犬」というフレーズが浮かんだ・・・。蒸し暑い夏の夜のことである。


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2008年9月 4日 (木)

飼い主と犬の関係(その1)

飼い主が犬とどのような関係を求めるか。
おそらく犬を飼っている多くの人の場合、「おー、よしよしいい子ちゃんいい子ちゃん」というような関係構築。つまり、ひたすら犬は飼い主に従順、飼い主さんのことが大好きでいつも尻尾振ってぺろぺろ。たまには失敗することもあるけど、それはご愛嬌てな感じ。
あるいはそれよりも非常に厳格な上下関係を求める人もいると思う。犬は絶対飼い主に服従。主順の全ての命令を聞き、ときに下僕、場合にして警固といった任務を全うする。
いずれにしても犬が飼い主に背くということは前提になく、背くと従うの中間もない。
ましてや犬が飼い主に対して逆らうなどというのは、犬と人間の関係においては「問題」ということになっている。

さて、生後4ヶ月の我が愛犬である。
このお嬢様の状態を「問題」と解釈するか否かに私は悩んでいる。私は勤め人である。基本的に朝「はな」を散歩に連れて、エサを与えたら会社に行かなければいけない。それから夜まで不在である。
12時間以上経ってから我が家に帰る。このように仕事から帰ってきた主人を迎えるとき、愛犬は普通どういう態度をとるだろうか。
たぶん。
飛びつくのではなかろうか。
おそらく、
シッポをブンブン振るのではなかろうか。
察するに
息などもはぁはぁさせて、興奮してぴょんぴょん跳ねるのではなかろうか。
それが特殊なことなら私は何も言わない。でも、それがすごく普通のような気がする。

私が家に帰るとき、雨が降らない限り「はな」は玄関の前につながれて「ふせ」をしていることが多い。
門扉(アコーディオンシャッター)を空けて家に入ると、まず「はな」と目が合う。
確か・・・犬は鼻もよければ耳も良いと聞く。つまり、人間の気配など何十メートル離れていても過敏に察知し、主人の帰宅などはとうの前にわかるのだとも聞いている。
だからして「まぁ、うちの子はお父さんがそこの角曲がる前からなんかわかるらしくって、びしっとお座りして待ってんのよ~」などというコメントになる。
うちは「お座り」じゃないもんねー。「ふせ」だもんねー。って言っても「ふせ」というのは何もしないで休んでいるだけの状態である。
「はな」と目が合う。
「ん?」という感じで私を見返す。かわいい。けど「ふせ」である。
そのまま何もしないと、何も起きないまま時間が過ぎていく。それも妙なので「ただいま」と言ってみる。「はな」はこっちを見たまま。
しゃーないので一歩ぐらい近づくと、「はな」はよっこらせという感じで立ち上がってノタノタとこちらに歩いてくる。
なんとなーく、全体的に気だるさがただよっている。「義務」「付き合い」「仕事」「不本意」そんな言葉がなぜか頭に浮かぶ。
近くにきても飛びつくわけでもなく、近くにきて座るだけだ。撫でると日頃から何億回も言っているのに手に甘咬みをしてくる。
スーツを着替えなければいけないので「はな」を置いて、一旦家の中に入る。うんともすんとも言わない。
犬を飼うことの喜びの65%は「家に帰ったときの出迎え」にあると言われている(気がする)。すでに私はその部分を失っているのだ。

Naniq

いや、それはね非常に落ち着いた性格の仔だということだよ。と、慰められても納得がいかない。
なぜならば「はな」は散歩などで見知らぬおばちゃんやおっちゃんを見つけると、ガンガンシッポを振って飛びつくのである。興奮してチビることもある。
そして、わたしのときは「よっこらせ」なのである。
つまり、好かれている雰囲気がない。

(この項続く)


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2008年9月 2日 (火)

「はな」とお金の問題

「はな」ちゃん。
ちょっとこっちに来なさい。君に少し話したいことがある。
わかっている。君は犬だ。だから君が私の話を理解できないのはわかっている。
わかった上で言っておきたい。わかっていても言わずにおれない。
見なさい、これ。

Img_0454
ね、これは「リード」というものだね。毎日これをつけてお散歩に行くよね。
これがなかったら散歩にも行けないどころか、外にさえ出られない。とても大切なものだよね。
みなさい、これ。
あのね。ちゃあん覚えてんの。君がね、初めてお散歩に行った日、つまりこのリードを始めて使った日ね。病院に行った次の日でしょ。
それで昨日、また病院行ったよね。ということは1ヶ月ね。
みなさい、これ。
たった1ヶ月で、どーしてこうなるのかな、ん?
そう。そうやって咬むからだよねー。ガジガジやるからだよねーって、バカ。
咬んじゃダメ。咬んじゃイヤ。ねーちょうどここんとこね、君の歯が当たるところね。
ほら、こっちはどうかな?
そう。そうやって引っ張るからだねー。力の限りひっぱるからだよねー。グイグイねーって、コラ。
・・・これ、もうダメだねぇ。買い換えないといかんね。これね、1,300円くらいしたんだよね。これから毎月買い換えることになるのかな。

「はな」ちゃん。
あのね、私ね。なるべく大らかに生きていたい。そう思っている。
例えば、割りカンの飲み代は千円単位で割るスマートさが欲しい。大皿にのったスペアリブを見て「ひとり2本ね。」とか、のたまう小さなマネはしたくない。
だからね、お金のことはあまり言いたくはない。いや、言うべきではないと思っている。
けどね、今日は言わせてほしい。手元の焼酎のロックももう五杯目だ。だからこそ、気を緩めた今だからこそ、酒を言い訳にして言いたい。

君。結構お金使うねぇ。

あのね、毎日食べてるポリポリね。ドッグフードね。あれはね、柴犬の仔犬様専用のフードなのね。どれくらい入ってんのかなぁ。一袋600円ね。これね、君だいたい1週間弱で完食すんのよね。だから月3,000円ね。
でね。
訓練用のおやつね。この犬用のチーズね。一袋420円ね。これ食べながら君が覚えたのが今のところ「スワレ」だけね。ん、この私のおつまみ?これね、ほていの焼きとり缶詰といってね。一缶100円ね。税込み105円ね。
あと、なんだっけ。君は蚊かなんかにも気をつけないといけないんだって?フィラリアとかなんとか。で、月に1回クスリ食うのね、あのひと口でパクッといっちゃうやつ。一秒で食っちゃうヤツ。あれが一粒で1,300円。ほていの焼きとりは3個パックになると280円になんのね。私280円で3日もつのね。
なに、ダニ?デリケートだねー、お姫様だもんね。月姫号だもんね。ダニなんか許せないよね。予防ね。月に1回ね。500円くらいね。私、この缶詰一つでかれこれ1時間近く酒飲んでんのね。
あ、そうそう注射も打たなきゃいけないんでしょ?1回7,000円でね。大変だねぇ。この・・・私が半年履いてる革靴ね。これね、うちの奥さんがイトーヨーカドーでニッキュッパで見つけたっつってね。鼻の穴ふくらませて自慢してたやつね。ニッキュッパね。カカトがゴムでねぇ、ま、いいんだけど。
それでさぁ、あのう、お風呂なんだけどさ。これ、ウチにもあるんだよね。あ、そう。やだ?爪とか耳とか。プロねプロ。プロにまかせるのが一番ですもんね、すみませんね、技術が拙くて、ええ反省してますとも。3,000円だっけね、仔犬価格で。4,500円らしいよ、ホントは。
まぁね、体もそうやってきれいにしないとねぇ。しつけ教室なんかで恥ずかしいもんねぇ。1回3,000円のしつけ教室でねぇ。
トイレもねぇ。部屋でやるときにそのままってわけにもいかんのでシート引かせてもらってます。1ヶ月で1,000円くらいかなあ。ええ、私の勝手ですけどねぇ、君は別にその辺でやりゃあいいんですもんねぇ。大きなお世話ですものねぇ。
あ、そういえば来月狂犬病の注射ですよ。9,000円用意させていただきます。あと保健所に3,000円払って登録しなきゃ。ん?血統書の名義変更?4,500円払うのね。そーなんだぁ。
ん、何・・・おもちゃに飽きた?

リードでもかじってなさいっ!

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2008年9月 1日 (月)

血統書(JKCと日本犬保存会)

血統書。初めて見る。

「はな」の曾おじいちゃん、曾おばあちゃんまでが全部書いてあるんですね。
計14頭の名前、犬舎、登録番号などが記載されている。「はな」の本名(?)、月姫号だそうです。
毛色も書いてある。残念ながらお父さんの方の祖父母の毛色が書いていないが、その他はみんな赤(茶色)だ。MOOK本「シバイヌ・ファンVol2」によれば、赤同士の親から黒の仔が生まれる確率は経験的に5パーセントらしい。

さて,

柴犬の登録機関にはJKC(ジャパン・ケネル・クラブ)と日本犬保存会の二つがある。
「はな」の血統書はJKCのものだ。
母方の犬舎がJKCだかららしい。母方の祖母、そのまたお母さんもJKCに登録されている。
しかし、その他の11頭は全部日本犬保存会の登録だ。
要するに日本犬保存会系の血が濃いということのようですね。

ここからはトレーナーさんから聞いた話だ。日本犬保存会とJKCはちょっと性格が違うらしい。
ちなみに日本犬保存会はHPで組織の目的を「日本犬に関する諸般の事項を調査研究し、その保護、繁殖及び体型能力の向上と改良発達を図り、各種使役に対する利用を増進し、犬籍簿を整備し、日本犬に関して諸官庁及び諸団体との連絡を図り、日本犬によって我国文化の向上に資すること」としている。
対して、JKCは定款で目的を「各種畜犬の犬籍登録及び有能・優良犬の普及と畜犬の飼育の指導奨励を行い、広く国民の動物愛護の精神を高揚する」という。
長ったらしいけど、完全に違う。
日本犬保存会は犬の能力と日本文化の向上を目指しており、JKCは蓄犬の普及と動物愛護精神の高揚だと。

となると、当然二つの組織で「良い犬とは何か」という考え方が違う。そのあたりは展示会やドックショーなどのやり方にも出ているらしい。曰く、日本犬保存会は日本犬本来の性質を重視する。JKCは愛玩犬としての性質を重視する。日本犬保存会の展示会などでは2頭の犬をつき合わせて、目をそむけたりすると評価が落ちるという。
つまり日本犬保存会系の血統はちょっと野性味に溢れているらしいのである。

Img_0445

先のとおり、「はな」は曾祖父母まで14頭のうち11頭が日本犬保存会系だった。
なるほど~。
血は争えませんなぁ。「はな」ちゃん。


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